「色の引き算」
「経営労務ディレクター2009・9~10月号」より
~カラーコンサルタント 成田イクコ著 ~
春から初夏にかけては、一年の中で最も草花が色とりどりに私達の目を楽しませてくれる季節だろう。菜の花の黄色やツツジの赤は絨毯を一面に敷き詰めたかのように、またチューリップやポピーはそれぞれカラフルに、紫陽花も静かに咲き誇っている。その風景は、見る者を楽しませ、明るい気分に誘ってくれる。
しかし、こうしていろいろと色鮮やかな色をきれいに感じるのは、あくまでも自然の花に対してだからであって、もし、街中で、人工的な色を虹の七色とばかり見せられても、美しいとは感じないだろう。もちろん、暮らしの中で使う小物や雑貨など、ちょっとしたアクセントとしてヴィヴィッドカラーを取り入れることで、日常生活を楽しいものにすることはできる。そこには個人の嗜好をもって色を楽しむのもいいだろう。
ところが、街中であらゆる屋外広告の色が派手に競い合えば肝心の公共サインがわかりづらくなる。そのために、市民から「サインが見にくい、わかりにくい。」といった苦情がでると、行政は、時にはそれに応えるために、さらに何かと色を加えて書き足し、とりあえず工夫しました、とするのだが、それも単なる雑多な光景を提供したにすぎなくなっていることが多い。
また、街中に立ち並ぶビルディングの横を歩いても、その外壁には、あざやかな色の自動販売機が立ち並び、その中から飲料水のパッケージカラーが色とりどりに街を歩く人の眼を引きつけようとしている。たった一台であっても、自動販売機を設置することの便利さが、その場所の雰囲気を壊している事例は数多く見られる。わかりやすさを求めるあまりに、便利さを求めるあまりに、結果的に「色の足し算」をしているのである。
たとえば、新しく街中に店を設けてその外壁の色を決める際、店のことだけを考えるがため何よりも目立とうとして色を決めるか、あるいは周囲の環境を気遣ってそれらとの調和を考えるか、このいずれかになることが多い。経済効果の点から言えば、二つのパターンともそれなりの影響をもたらす。前者(自己主張型)は、他店よりも目立って自分の店をアピールすることによる効果が表れるであろうし、後者(調和型)は、調和された空間の雰囲気に魅力を感じてもらって徐々に店へと誘導していくことの効果になると考えられる。街づくりに力を入れて後者のパターンを選択する以外は、規制でも行われない限り自己主張型になっているのが現状である。つまり、目立たせることで、とりあえずの効果をもたらそうと色を加える「色の足し算」がなされているのである。
店をわかりやすくアピールするために色の足し算を行うことは、短期的には経済効果はあるだろう。しかし、次々と新しい店が周りにも登場し、それらが同様の方法をとるならば、いずれは自らの店も多くの色に埋もれることになるのである。それに反して、周囲との色調和を考えることは、「色の引き算」を行うことである。すなわち、地域の特性がある程度限られた色のイメージによって街全体に表れていると、それに好印象をもって訪れる人達に対し、それぞれの店が実際の商売の内容をもって個性を主張していくことが、長期的には効果をもたらすことになるという考えである。そこでは、自動販売機が無造作に置かれることも躊躇するかもしれない。
個人の力だけでは乗り越えることが難しい今の厳しい不況の折だけに、目の前の便利さとわかりやすさを個々に短絡的に求めるがための「色の足し算」は考え直し、街全体の魅力を押し上げることで誘導をはかる「色の引き算」の美学について考えてほしいものである。
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