色彩研究室 COLOR STUDY ROOM
色彩研究室ブログ
2021年8月21日(土)

「光の色の行方」

 「経営労務ディレクター2018・7~8月号」より
~カラーコンサルタント 成田イクコ著〜

  

   

    化学染料が登場するまでは、自然の植物や顔料をもって色を染めていた。その染料の中には薬効のあるものが多くあった。たとえば、陀羅尼助という胃腸薬をご存知の方も多いだろう。陀羅尼助というのは、奈良県の南、吉野の大峯山に登る途中のみたらい渓谷あたりでつくられた薬と言われている。

   吉野大峯から熊野にかけては黄檗(キハダ)の樹が多くあり、早くからその薬効が認められていた。黄檗の樹皮から外皮を取り除いて乾燥させたものがオウバクであり、陀羅尼助の成分でもある。腸内での殺菌効果も高いと言われている。その黄檗という植物は、内皮を煎じていくと黄色の液が溶出するらしい。染めると美しい黄色があらわれる。一般的に、植物は動物繊維によく染まるので、絹とか羊毛に染めたのであろう。

   ところが、中国では、経文を記す紙を黄檗で染めることが多かったらしい。なぜかといえば、それが前述した黄檗の薬効で抗菌作用が強く防虫効果があるからである。長期の保存に耐えられるために、黄檗が用いられていたのである。日本でも法隆寺や東大寺正倉院に伝えられている経典にも黄檗経がみられるという。仏教の歴史を伝えるためにも長期間の保存を重要と考え、その用途にあった紙を用いるのは当然といえば当然であろう。今の国会で問題となっている公文書の改竄や廃棄などは、その間の日本の政治を無にすることと同じである。国民はもちろんのこと、政治学者や歴史学者も歴史を証する公文書を蔑ろにする行政府の姿勢に怒るのも当然である。

   こうした薬効を秘めた染料で染めた布を身に纏うことは、心身にとって良き効果をもたらしたのかもしれない。色を染め出す染料とは薬ともなり、生活になくてはならないという意味で身近なものだった。単なる表面を装うものではなかったのである。最近では、パソコンのソフトを用いて色をつくり、それをもってさまざまなパッケージカラーも企画される。つまり、色の主体性は光の色となった。しかし、ディスプレイ上で見る色には当然薬効もないし、心身に与える影響は、良くも悪くもわからない点も多い。ディスプレイ上で色彩プランをたてることは、もともと表現できる色が組み込まれているソフトから選択するにすぎないのが現実である。そうした色の扱いがあたり前になってくると、色を煎じて染めていく過程で、その時々の気候等で微妙に色の見え方が変わるものだと感じることはないだろう。どこにいようが、色は同じに見えると勘違いするかもしれない。

   もともと色とは、その色を生み出す色材が育った土地があり、その土地の風土から生まれているものである。いずれの土地においても同じ色を示すディスプレイ上の色は色記号にすぎなくなっているのだろうか。私達に影響を与える色の効果も大きく変化していることは推測できるだろう。

 

 


  

 

 

 

 

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著者 成田イクコ  出版元 かんぽうサービス



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