「色のメッセージ力」
「経営労務ディレクター2010・11~12月号」より
~カラーコンサルタント 成田イクコ著 ~
もう10年以上にもなるが、知的障害者の施設で「色ワーク」というワークショップを月に1回のペースで施設の職員の人達と一緒に行っている。参加者各自が、色鉛筆やクレヨンや色紙などを使って画用紙に自由自在に色を塗ったり、切り貼りしたり、といった色と楽しむ場をつくっているのである。希望者のみの参加なので、最初は数名で始めたのだが、今や毎回20名以上の賑わいとなっている。
塗り絵の場合、そのための画用紙には抽象的な形(円や四角形を基に書いたもの)を描いたものから具象的な形(植物や動物など)まで、さまざまな塗り絵の材料を10数種類用意している。塗り絵希望者は、その中から好きなだけ画用紙を選んで次々と塗っていくのである。
人によって塗り方、塗る枚数はさまざまである。ある中年の男性は、いつも同じ2種類の画用紙を選んで、そこに3種類の色を使って丁寧に塗って仕上げている。ある女性は慌しく会場に入ってきて、次々と画用紙に色をエネルギッシュに塗り始めたかと思えば、あっという間に40枚ほど塗って部屋をとっとと出ていく。あるいは、色紙を思うがまま切り取って白い画用紙に貼っていくことで作品をつくりだしている人もいる。
色の使い方もさまざまである。決まって特定の色、たとえば赤色だけを使う人もいれば、いつも茶と黒と緑だけを使って塗り分ける人もいる。また、多くの色を使って細かく塗り分けていく人もいれば、色の上に色を塗り重ねながらユニークな雰囲気を醸し出す作品に仕上げていく人もいる。
とにかく、参加者それぞれが好き好きなやり方で色と取り組んでいる。長年参加している人達が多いので、その間の作品の変化も見てとることもできる。穏やかな変遷をとげている人が圧倒的に多いのだが、中には、ある時、がらっと作品の傾向が変わる人もいる。いずれにしろ、その変化の方向性はどちらかといえば安定感が感じられる作品へとなっていくことが多い。たとえば、図と地も関係なくダイナミックな殴り書きをしていたのが、丁寧に図と地を意識して色を塗り分ける描き方に変われば、ある意味、そこに落ち着きが感じられるだろう。自分の固執する色の力を使うことで心身のバランスにつながるという見方からすると、心のバランス感覚を保つ作業を自分自身に強いることがそれほど必要ではなくなり、描き方が穏やかな状態になっていったとも推測できる。
一方で、ある意味で落ち着いてきたことによって作品に特異性が感じられなくなることもある。とは言えども、彼らの個性は様々な形であらわれている。その中に非常にユニークな作品があると思って一般的に真似ようと思ってもできないだろう。彼らの作品は、技術の積み重ねによって、あるいは熟練の技によって成り立っている世界ではないからである。しいて言えば、彼、彼女の世界が、ただ、そこに存在するという、際立ってシンプルな世界だけに入り込むことができないのかもしれない。
この色ワークでは、作品の出来具合を問題にはしていない。その作品をつくるプロセスの中で、個人個人が何らかの内なる叫びを発しているならば、その変遷を見つめていくことに視点を置いている。その過程で私達は、彼らと言葉でなく色を介してコミュニケーションをとりたいと思っている。また、それができ得るのが、色のメッセージ力でもあり、彼らの伝えるすばらしい創造の世界なのだろう。
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