「科学を取り入れた新印象派の画家」
「経営労務ディレクター2015・7~8月号」より
~カラーコンサルタント 成田イクコ著〜
皆様は「グランド・ジャッド島の日曜日の午後」をご覧になられたことがあるでしょうか。ジョルジュ・スーラの1886年の作品である。新印象派と名づけられたきっかけともなった点描画法を用いた代表的な作品である。
色彩の研究者達にとっても興味深い絵画である。なぜかといえば、スーラは色彩理論を研究し、それらが彼の作品に影響を及ぼしたと言っても過言ではないからである。
もともと、印象派の画家たちは、屋外の明るい風景を描くには、絵具を混ぜずに、絵具の1色1色を画面上に並べていたらしい。というのは、絵を描かれた方ならば、おわかりだろうが、色を作り出すために絵具を混ぜてしまうと、どうしても色が濁ってしまうからである。明るさを保った状態の混色は可能だろうか、とスーラは考え、光学理論や色彩理論の本を読み、さまざまな方法を試みたらしい。その結果、辿り着いたのが、後に点描画法と言われる、細かく原色の点をカンヴァスに散りばめることだった。
この方法によって、どうして絵具を混色したかのような色合いで、それも明るい色を作り出すことができるのか、と言えば、それは、もともと我々が色を見る時には、そのようにして見ているからである。わかりやすいのが、カラーテレビやパソコンの色である。画面上に光の三原色である赤、緑、青の色が細かく配置され、それらの色を眼の色覚段階で混色して色情報にし、その情報を脳に送ることによって、我々は色を知覚している。人間の色知覚の原理を文明の利器に応用しただけである。パソコンの色がデジタル混色ならば、19世紀後半に、上記の点描画法を編み出したのは、アナログ混色と言えるのかもしれない。つまり、赤と青の細かな点の色をカンヴァスに並べることで、遠方から眺めた場合には紫に見えるのである。
スーラは、非常に緻密に、それぞれの色が互いに引き出す効果を計算した上で色を置いていったらしい。彼にとっては、科学を芸術に取り入れた、というよりも、新しい芸術をつくりだすための手段として科学理論を活かしたのだろう。
色彩の研究といえば、芸術やデザインの印象を受けるせいか、科学とは異なる分野であるかのような印象をもたれる人もいるが、それは誤解である。「色がなぜ見えるのか」から始まる色彩学は、色を見るために必要な対象と光と人間の三つの要素がどのように関係しているか、について考えることを求められる。
人は眼で色を見ていると考えられている。眼は重要であるが、最終的には脳が判断する。しかし、脳が、色の知覚にどのように関わっているかは、今の段階では解明されていない。それに加えて、さまざまな種類の光が関与する。昔から色の見え方について研究してきたのが物理学者や自然科学者であったのは当然だろう。しかし、科学で実証でき得ていない部分は多い。おそらく、スーラの時代も今現在も、色が未知の世界であることは程度の差はあれ、変わりないだろう。
1886年、有名な批評家が以下のように述べている。「ある画家が、視覚に関する理論を永久に読み続けたとしても、決して<グランド・ジャッド島の日曜日の午後>を描くことはできないだろう」。当時、色彩に無我夢中で取り組んだスーラは31歳の若さでこの世を去った。100年以上経ても、彼の作品に感銘する人は多い。
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